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虹の橋へ

7月はとても悲しい月になりました。

7月26日午後5時頃、ふくが虹の橋に旅立っていきました。
転院してからは造血ホルモンを打ってもらい血液は順調に増えていったのですが、弊害で腎臓に負担が掛かり、ボロボロだった腎臓が更に拍車をかけるように悪化していきました。
ご飯も3週間ほどずっとシリンジでの強制給餌。。。
最後の方は私の顔を見るとトイレに逃げ込むようになってしまいました。

それでもふくが元気になってくれれば、、、
元気にさえなってくれれば関係も修復出来るから、そんな望みをもって色々無理やりふくに嫌なことをしました。

亡くなる1週間ほど前からは見たこともないような痙攣が定期的に始まり、目の前で小さいふくが、まるで電気を流されたような姿で痙攣に耐えている姿に、身体を擦るくらいのことしか出来ませんでした。

2日前は最期の望みで腹膜透析を受ましたが、半日入院をして数値が良くならなかったのを見て、最期が近い事を覚悟しなければならない事を知りました。

帰ってきてからは鎮静剤が切れても起き上がることなく、横になりながらその時を待っているようでした。最期、小さな痙攣がおきて虹の橋に向かうとき、最期にニャッと鳴いて、、、そのまま逝ってしまいました。

ありがとうって言ってくれたのか、苦しいって言ったのか、今でも色んな事がモヤモヤしています。

でも何回も峠を乗り越えてくれたふくのお陰で、少しでもふくと長く一緒に居ることができました。

本当は、元気な姿に戻してあげたかった。
なんでもっと早く家に連れて帰らなかったのか。
分かっててもあの時。。。という後悔が中々振り切れません。

ごめんね、ふく。
ありがとう、ふく。
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そして、同時に北の大地北海道では、3年半前にパートナーなき兄と一緒に京都で拾ったなきべいが、兄の実家でダブルキャリアによる闘病生活を送っていました。

ふくの看病中も、一日だけ日帰りでなきべいに会えました。甘えん坊のなきべい、人が大好きななきべい、3年半前のクリスマスに連れて帰れて良かった。

3年半本当にストレス無い環境で、兄の家族に愛されながら過ごしてたんだね。

ふくが逝ってしまった2日後、ふくに連れられてなきも虹の橋を渡りました。
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何も、2匹一緒に示し合わせて逝かなくてもねぇ。。。
残された方は、本当に辛いよ。

心の穴を埋めるには、暫く時間が掛かりそう。
でもいつか楽しくふくとなきの話をするからね。

いっぱい助けてくれたおあちゃん&旦那さん、しのたろ園長先生、ありがとうございました。
ブログで励ましをくれた猫仲間さんに本当に心からお礼を言いたいです。
本当にありがとうございました。